自己憐憫

 『怒りの葡萄』の今日読んだ箇所では、主人公が、ある自己憐憫は陥っている人物を叱責します。  実際に気の毒な状況はありますが、それが不利に働いているとしても、その他の手をつけられることについて努力していないことを指摘しています。  自分にあるそういう面について考えさせられました。 にほんブログ村

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家族が一緒にいること

 『怒りの葡萄』の今日読んだ箇所では、主人公と家族がある決断を迫られます。  その中で、ほぼ全員が賛成した提案についてある人物が強硬に反対して、結論を覆します。家族が別々になって経済面では合理的と思われる道を取るという考え方よりも、家族が一緒にいればほかの問題は乗り越えられるという考え方が最終的には勝りました。  男女間の傾向の違いが現れる場面だったように思います。 にほんブログ村

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少しずつの思いやり

 『怒りの葡萄』の記述が再び主人公たちから離れ、別の人たちの言動が記されている場面を読みました。アメリカらしいダイナーでの場面です。  ごく普通の、特に裕福なわけではない、そして特に善良そうなわけでもない人たちが、少しずつの思いやりを困窮している人たちに示しています。気持ちの良い話でした。  とても技巧がこらされた作品であると感じます。 にほんブログ村

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「わたし」から「わたしたち」へ

 『怒りの葡萄』にはところどころ登場人物から離れて筆者の考えらしきものだけが記されている箇所があります。  その中で、「わたし」が「わたしたち」に変わることについて書かれたところがありました。一人ではなく、同様の状態にある人が連帯することで、大きなことを行うことができるようになる、ということを述べているのではないかと思います。 にほんブログ村

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運転初心者

 『怒りの葡萄』の今日読んだ箇所で、主人公とその家族と、カリフォルニアへの移動中に出会った夫婦との間の話を読みました。  主人公の家族には自動車に詳しい人がいますが、話し相手の夫婦はそうではないようです。もともと免許証と自動車を持っていたわけではなく、運転は得意でなさそうです。それでも動かざるを得ない、という状況は実際にこの作品の背景となった時代によく見られたものなのだろうと思います。 にほんブ…

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土葬

 『怒りの葡萄』の今日読んだ箇所では、突然亡くなったある登場人物が葬られます。平常時でないことから、普通であると考えられるような葬り方ではありません。  故郷を後にせざるを得ず遠くへと旅を続けている最中だからこその不自由さがあります。  主人公たちがしたことは法に触れるようですが、そうしなければならないところに追い込まれていることには、政府にも責任があるのではないかと思います。 にほんブログ村

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助け合い

 『怒りの葡萄』の主人公たちは、ある場所で野宿をすることになりましたが、そこでたいへんな困難に直面しました。  自分たちだけでできたこともあったでしょうが、ほかの人からの助けを受けることができました。助けてくれた側の人たちにも余裕があるわけではありません。しかしながら、だからこそ助け合いの精神を持っていたようです。  難しい状況が人の助け合いを促す、ということは実際にあると考えます。 にほんブロ…

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都市

 『怒りの葡萄』を読み進めていて、主人公たちの旅が続いています。  都市を通過するところの記述を読みました。都市を初めて見る子どもたちが驚いていますが、確かに、ずっと農村で生活していれば、ちょっとした都市でも日頃見ているものと大きく異なることでしょう。短く触れられていただけですが、おもしろい記述でした。 にほんブログ村

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経済情勢

 『怒りの葡萄』の主人公と家族たちがカリフォルニアに向けて移動しているところを読んでいます。  その中で出会った人物と長めに話をしていますが、相手は国の先行きを強く不安に思っている様子です。個人でできることを超えて、経済的に厳しい状況があるようです。  本当に苦しい状態であることが伝わってきます。 にほんブログ村

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思いやりのある行動

 『怒りの葡萄』で人の弱みにつけ込んでもうけようとする商売人についての記述を読みました。カリフォルニアに向けて長い距離を移動している人たちに、移動に必要なものを高い値段をつけて売る人の様子が描かれていました。そのような人は実際に存在したのだろうと思います。  それとは対照的に、苦しい状態にある人が自分よりもさらに苦しい状態にある人を助けた、ということにも触れられています。そのような思いやりのある…

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